C型肝炎の宣告

C型肝炎~突然の宣告

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私の場合C型肝炎と診断された時は、突然事故か何かにあったような納得できない思いでいっぱいでした。(言葉にするとたったこれだけですが)
それは平成2年の春、家にかかって来た電話が聞こえず、驚いて耳を代えると反対の耳は聞こえました。当然の事ながら耳鼻科に飛び込みました。
当時流行っていた突発性難聴で、時をおくと治らなくなるから、今すぐ県立病院の耳鼻科に入院するようにということなので、私の目の前で県立病院入院の予約 をしてくれました。

入院は2週間位ということで、何はともあれ、私は両足が悪いのに(重度障害者です)耳まで悪くなっては大変と、そのまま入院しました。(私の家は大 分県の最南部の町佐伯市で県立病院までは車で約1時間半くらいかかります)治療の結果は5日目くらいにはもう聞こえるようになっていましたが、1クール2 週間やらないといけないということで治療を続けました、この時の治療法のメインはステロイド1リットルの点滴と、ブロック注射でした。

このブロック注射をすると喉が麻痺するので唾も飲み込めなくなり、昼食は麻痺が無くなってからでした。このような毎日の治療の終りの頃、主治医がオ ロオロしながら言いました。「大変です、血小板が毎日1万ずつ下がっています」(血液検査は毎週していて、その日まで何も言われていませんでした)が、無 知であった私には血小板が下がったのがなぜ大変かも分かりませんでした。(血小板が下がるのは肝臓の機能がおちていることのようです)そんな経緯で内科受 診に回され、内科の先生に言われた言葉は簡単に言えば
「あなたはC型肝炎です。治療をしましょう。」でした。


C型肝炎~なんで私が

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ちょっと待ってよ。私の悪かったのは耳で、何でC型肝炎の治療をしないといけないの。
きっと耳鼻科の薬の副作用(当時ステロイドの副作用のことは結構取り上げられていました)でこんな病気になったのだと思い、県立病院入院で当初の難聴は癒 したが、薬の副作用で次の病気を引き起こしたから県病は藪医者だと思いこんでしまいました。

というような納得できない経過でC型肝炎を宣告されました。とても受け入れられるものではありません。多分皆さん方もC型肝炎を納得のいかない思い で宣告されたと思います。

さあ、こんな所に長くいたら大変と、以後の内科受診も治療も拒否し続け、治療拒否で強制退院という形でやっと退院したというか、逃げ帰った というような経緯があります。

でも最後に内科の先生はそんな私に腹を立てて、このままにしていると10年経ったら癌になります。と言い放たれました。

こんな納得のいかない状況で私とC型肝炎との長い付き合いが始まりました。

でも別に何の自覚症状もありませんでしたし、元気に仕事もできていましたし、忙しい時は徹夜もしていました。これがもの「言わぬ肝臓」の特 徴ということは知っていましたが、自分のこととしては受け止めていませんでした。



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