2回目のインターフェロン

第1回目の治療の最後の頃ゼロになっていたC型肝炎ウイルスでしたが、完全に消滅していたのではなく、潜んでいたらしいウイルス が、治療が終わって1か月するかしないくらいで返り咲いてきました。

返り咲いたウイルスの数量がどんどん増え、少し少なくなるのを待とうということでしたが、なかなか余り少なくならず、とうとう9月になり、多いけど やってみようかということで、いよいよ2回目のインターフェロンが始まりました。

今度はある程度のことは分かっていましたし、2回目だからということで、今回は入院なしてでやってみようということになり初日から通院で始まりまし た。

今度こそは絶対に最後までやり抜くぞ、ウイルスにもインターフェロンにも負けないぞという心構えで始めました。

最初の方はまあ余裕がありました。1か月もする頃ウイルスはマイナスになりましたが、もういけません、今回も熱は余り出ませんでしたが、1日1日と インターフェロンが蓄積され、炊事などしたくなくなるというより、食べたくなくなっていきました。

それでお友達のお世話で介護の配食を受けることにしました。
1回分のお弁当で1日を過ごしていました。今回は秋から春までというプログラムで出発したので夏ばてという余計なものはありませんでしたので、少しは楽か と思いましたが、なかなかそうはいきませんでした。

負けないぞ、頑張るぞ!だけではなかなか持久力は保てません。やはり食事は大切な力ということを今さらながらに実感しました。

1回目の時もそうでしたが、年が明けてから病院に行く以外はただひたすら寝ていましたというと、聞こえが少しは良いのですが、何もする気力が無く、 起きあがる気力もなく、私は読書が好きで病気でも枕元に本を置き読んでいるのですが、とてもそんな気力がなく、ただ寝ていたということでした。

自分では病院に行く時だけは気合いを入れて元気のような顔をして行きました。他の方たちがそのように見てくれていたかは分かりません。思考力もなく なり、誰と話すわけでもなく、やっぱり鬱になっていたのかもしれません。私にはそういう認識はありませんでしたが。

考えてみますと、知らない、分からないということが、一番の不安材料で、熱が出た、私の場合どんなふうになるのだろうとか、食欲がない、衰えてしま うのでは?治る中に入れるのだろうかとか(1/3しか治らないのですから)と要らない心配をし、いろいろと招き集めて考えたり心配したりしていました。

この不安な心が免疫力の減少に拍車をかけているのだと思います。2回目ではあるし、ある程度のことは経験済みですから、それに寺尾先生を100パー セント信じていましたし、なんと言っても夏ばてというものが今回はプラスされませんでしたからやっぱり楽でした。

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  1. 1回目のインターフェロン

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